山の男のエピソード
三段峡は全長13キロに及び、五大壮観なる見所があります。すなわち黒淵、猿飛、二段滝、三段滝、三ツ滝です。奇岩をともなう多彩な景観の淵、瀬、滝が見られます。渓谷の入口には朱色の長淵橋がかけられ、そこを渡って3キロほど行くと、第一の五大壮観、黒淵の渡船場が見えてくるでしょう。そこで出会ったのが、見た感じ50代にくらいの髪の乱れた船頭。彼の話は興味深いものでした。自分から話しかけたのですが、黒ずんだ淵を覗き込みながらここに大山椒魚がいることができるかどうか、聞いてみました。
「なかなか上がってこん」という船頭は、7日前までは向かいの黒淵荘で水槽に入れていたけれども、「逃がしてしもうた」とのこと。「ちょっと前まで『生きた化石』やら『天然記念物』だの言われとったが、いまじゃあ、すっかり数も増えて・・・」「鰻より美味いからじゃ」などと言います。自分も、地元で「ハンザキ」と呼ばれるこの両生類が、戦前の蛋白源として価値の高いものであったことは聞いたことがありました。今はもう食べないのでは、と聞いてみたところ、逞しく日に焼けた腕をした船頭は、にやりと笑いました。
「若いもんが来ては食べとるよ」と言うのです。生きたまま皮を剥いで臭みをとるのだとか。やり方はいくつかあるそうですが、一番いいのは、「焚き火に生きたまま放り込む。すると皮だけ黒く焦げて、剥きやすい」と教えてくれました。もうひとつ方法があって、沸騰した湯のなかに生きたまま沈めるそうですが、「これは勧められん。暴れて湯が飛び散って、やけどするからのう」そう言いながら船頭は舌なめずりをするような顔つきになりました。大山椒魚が浮き上がってきたら、たちまち掴まえてしまいそうです。
これはこの船頭、「若いもん」の中にちゃっかり自分もいれてるに違いない、水槽に入れていた山椒魚の行方が分かったような気がしました。ご相伴に預かれなかったことは惜しい気もしましたが、彼のような自然に生きる男がいるのを好ましく思いました。もちろん、彼は自分が食べたとは一切いわなかったし、観光に携る人お得意の話かの可能性もあるでしょう。とはいえ、自分は彼との出会いを通じて、山に暮らす人の力強さに打たれた気がしてなりません。
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